KP54: K. JUNO: rocks!

KP54: K. JUNO: rocks!

K. JUNO, japanische Rocksängerin und Stuntfrau, entdeckt im Podsafe Music Network. Bei so einer Kombination wollte ich doch mehr wissen und habe sie einfach angeschrieben, ob sie für ein Interview zu haben sei. Und sie sagte mir sogleich zu. Das Interview ist leider schon etwas älter, aber das dürfte der Sache keinen Abbruch tun.

Diese Episode ist komplett auf Japanisch, weil ich zu faul zum Untertiteln war. Transkription und Übersetzung findet ihr folgend…

Viel Spass!

日本語

K. JUNO: キリアンさん、皆さんこんにちはK. JUNOです。

KILIAN: こんにちは

K. JUNO: 今日はどうもありがとうございます。

KILIAN: こちらこそ。

K. JUNO: えぇ、歌っている時と違って、淡々とお答えするかと思いますけども、よろしく! よろしくお願いします。早速質問の方へ進みたいと思います。

KILIAN: 過去を掘り返すことになりますが、K. JUNOさんが大学でバンドを組んでいて、それで突然音楽をやめて、スタントウーマンになったとウェブサイトに書かれていますが、その経緯を教えていただけますか。

K. JUNO: 音楽をなぜ辞めたか。それは限界を感じたからでしょうね。10代の始めに歌を学び始めて、同じ頃にギターを独学でやっていまして、その後ロックに傾倒して行くんですけれども、いつまでも人の真似しかできなかったんですね。で人の作った曲を人の弾いたように弾いて、褒められて何か意味があるんだろうかというところにずっとつまずいて、前に進めなくなったんですね。

だからと言って、何かオリジナリティのあることをできるのかというと、何か作れるのかというとたいしたものは作れなくて、ちょうどそういうタイミングにスタント(日本ではアクションという仕事があるんですけれども、主に舞台の上で戦う芝居をするんですけれども、体が柔らかいのと、後元々芝居をやっていたので、軽~い考えでできるんじゃないかなと思って、身を投じてみたところ、なんと周りはアスリートばかりで、運動の経験があまりないのは私だけみたいな状況でマイナスのスタートだったんで、逆にものすごく闘志が湧いてきて、「よしっ、ここで一番になってやる!」という気持ちだけは常にあったんですけども。結局舞台に出られるようになるには1年くらいかかったんですけれども。そこでプロとして期待に応えること、それから一人でもぼうっとしていると怪我をしたしまうようなそういう状況なので、仲間を信頼することそしてされること、ということを学びましたね。皆が素晴らしいライバルであり、先生でありまた、仲間であるという。そこで全ての基礎を学んだ気がしますね。一つのことに熱中してしまう性格なので、で…やはりそうでないとできないような仕事だったので、全くアクションをやっていた5年半くらいかな、その間には本当に全く音楽には触れなかったという、ほとんど聴くということもなかったと思いますね。

KILIAN: それでまた歌手/音楽家になるきっかけは何だったでしょうか?

K. JUNO: アクションに於いて行けるところまで行ったかなという自分自身では感覚があったということと、私自身の性格として、変化とか冒険というものを体が好んでいないんですね。

だけど気持ち的には常に新しいことにチャレンジして行きたいどんどん変わっていきたいと思っているんで、5年くらい同じところにいると何か安住してしまうんじゃないかという危険を感じ始めるんで、何か別のところへ行かなくっちゃ、新しいことを初めなくっちゃという焦りが出始める、そんなころと重なっていたのかもしれないですね。で、音楽を辞めた理由っていうのがやはり曲を作れないということだったんですけれども、周りを見渡してみると皆曲なんか作っている訳なんですね。で、彼らに比べて、私自身の能力はそんなに低いのかというと、そういう風にも思えなくて、できると言う風に自己暗示をかけて、何とかなるんじゃないかと。色々なことをこれまでに乗り越えてきたというのもあったので、誰でも最初は初心者の頃はあるんだから、最初できないというイライラだけを乗り越えれば、後は何とかなるんじゃないかなという気持ちで試しに一つ曲を作ってみようということで、やってみたら結構いけているなっていう感じでどんどんどんどん後から湧いてきたんですけれども。今振り替えてみると、なぜ以前は曲は作れなかったのかというと、そういう時期ではなかったということかなと。必要な道具であるとか技術、知識というのをどんどん溜め込んで磨いて行く時期であって、道具はあるけれども材料がないという状態だったので、音楽だけで音楽をやろうとしていたから、中身はなかったじゃないかなと。言葉は喋れるんだけど、喋る中身がないという状態だったから、できなかったんだなっていうことですね。で、もうその時になると、何か色々言いたいことが溜まってきていたので、一気にそれを曲として噴出していたという感じですね。

KILIAN: K. JUNOさんは日本の文化がとてもお好きなようで、現代では日本の心が失われつつあることをブログでも訴えています。それからアメリカに対して色々と批判的なコメントもあります(私も同感ですけど)。そのK. JUNOさんを見ると、今までは主に英語だけで歌っているのは何だか不思議な気がします。日本語の方が日本人の耳にすんなりと入ると思いますが、あえて英語で歌おうとお決めになった理由を教えて頂けますか。

K. JUNO: 私がやろうとしていた音楽はロックであって、そのロックというのは私にとって最初から英語だったんで、日本語でもドイツ語でもスペイン語でもなく、英語という選択肢しかなかったですね。日本語でのロックと言うものとの出会いは私の人生において今でもないですし、たぶん耳に入っていても、それは私の体に入っていないので、それをロックだとは認識していないし、耳から入って来たその日本語のロックというのは私がそのままやるということはないです。日本語でやるというのは、私にとってはチャレンジであって、クリエイティブな事なんですね。

単に英語の歌を日本語に移すというような日本語の扱い方というのもしたくないなと思っています。

例えば民族音楽をやるとすれば、やはり現地の言葉でやるのは自然だと思うんですよ。それと同じような感覚ですね。で実際日本語でないと、聞けないとか、耳に入らないという日本人といのはいるんですけど、そういうリスナーというのはいるんですけど、そいう人たちというのは音楽自体を聞いていないんじゃないかなという気はとてもしますね。

極端な話、バイオリンにも「言葉」があるし、フルートにも「言葉」があるし、そいう一つ一つの息づかい、音というのを聴こうという意志がない限りは、例え自分の国の言葉であっても、深く感じるということは出来ないんじゃないかなと思いますね。

KILIAN: 外国語と言えば、またも噂話で申し訳ありませんが、中国語も達者でいらっしゃると英語版のWikipediaで読みましたが、本当でしょうか。

K. JUNO: 達者という程ではなかったかも知れないんですけど、発音に非常に拘るので、とても達者に聞こえるかもしれませんね。日本人というのは結構あたまの中で文を正しく組み立ててから喋ろうとするので、私もそうなんですけど、それできれいな発音で喋ってしまうと、とても堪能な人だと思われて、とてつもない早口で捲し立てられて、困ってしまうことも多々ありますね(笑)。

KILIAN: そもそも中国語を習ったきっかけは?

K. JUNO: 直接のきっかけはやはりアクションですかね。香港に行きたかったですね。当時はまだ中国に返還されていなくて、イギリスの植民地だったんですね。アクションをやっている時に、日本のアクションは日本の武術である「空手」が基本なんでけども、やはり人と違うものを何か身に付けていないと、追いつけないなと思って、私が体が柔らかいのを利用して、足技を練習していたんですけれども、それは韓国のTae Kwon Doという武術なんですけども、それとは別に香港のアクション映画を研究したりしまして、えぇ、立ち回り(choreography)何かも自分でつけたりするんですけれども、そのネタ(笑)、ネタを蓄積したりとか、色々してたんですけども、勉強してたんでけども、その内「あっ、ここ住みたいな」という風に思うよになって、行こうって決めて、それから一年間言葉を勉強して、実際に飛びました。

KILIAN: 今後は中国語で歌う予定は?

K. JUNO: やってみたい気持ちはとてもあるんですけど、実際にそのビジョンを描けるほどに近くはないですね。自分の音楽と中国語の音を融合させるという所まではまだまだ行けないで、ただ気持ちとしてはとてもやりたいですね。

KILIAN: 音楽だけではなく、ブログでもK. JUNOさんのパワーがよく伝わります。時によって、その怒り気味な口調は私がとても好きですが、怒りやすいタイプですか。

K. JUNO: 怒りっぽいか。いつも怒っていますよ(笑)。なので、これ以上怒らないと思います。よく「怒らない人だね」って言われました。喧嘩しないねって。あまり普段は外には爆発させない…です。なので、怒らなくちゃいけない場面で怒るなんって言う時は逆にもの凄いストレスで、大変なんですけども。真面目に生きていると必ず怒りであるとか、疑問、疑念っていうものが湧いて来ると思うんですけども、それをね、その場で発散させられるような性格だったら、私は歌なんか歌っていないし、曲も作っていないと思います。で、ものを作る人っていうのはだいたいそんなもんじゃないかなと思うんですけど。普段溜めておいて、いっきに作品の中で爆発させる。いつもは出し惜しみして、使わない。 

KILIAN: そのブログの関連で特にフジテレビの「トリビアの泉」のコメントが思い浮かびます。「テレビがたれ流すものによって、視聴者が教育されるので す」と言いましたが、ご尤もだと思います。

ただし最近ではテレビを全くみない人も増えています。その分YouTubeや他のインターネットメディアを見ているようですが。人によってそれがメディアの「民主化」でもあり、メディアをやっと自由にさせる革命だと喜ぶ声も上がっています。私としては「民主」という言葉には「大衆」という意味合いもあり、増々メディアの質は低下する可能性も少なくはないでしょう。現に日本に限らず民放のテレビは受け狙いばかりして、レベルが国営の放送局よりだいぶ低いと思います。インターネット時代と Web 2.0か可能にしたメディアの民主化はK. JUNOさんとしては「祝福」でしょうかそれとも「たたり」でしょうか。

K. JUNO: うふふ。ん~「たたり」かな。一口に言って「衆愚」、「mobocracy」というんですか。「人が三人以上集まると、ろくな事をしない」という言葉がありますけども。大勢の専門的とは限らない、理性的であるとも限らない意見をすべて平等に尊重したとすると、その中に思慮深くしりしおくに走らない、洞察の深い声っていうのがどのくらい含まれているのかということだと思うんですね。それを考えると私はいつも目の前が真っ暗になりますね。民主主義というのは凡にして、いい加減なものであっても何でもかんでも同じ価値を与えてしまうという危険が常に付きまとう物であって、だからこそリーダーを選ぶ際には慎重さが欠かせない、じゃないかなと思うんですけど。

ウェブというものは皆の思考を統括するという事ができない。情報をどのように受け取り、どう証明・検証していくかというのは受け取り個人個人の問題になって来るので、それができないで鵜呑みにしてしまう。そうするとどんどんどんどんおかしな方向に膨らんで行ってしまうのではないかという風に私は奇遇しています。

またそれを利用しようとする企業であり、またメデイアなんっていうのはあるという複雑な状況に置いて、本当の民主、民主的な状態というのがあり得るのかという疑問もあります。行き着く先は泥沼の底であって、少数のリーダーによって導かれて行くのか、無理矢理そこに押し込まれるのかあるいは自分の意思で飛び込んで行くのかその違いだけじゃないかという気がしますけどね。ただ自分で思い込んで突っ走ってしまう人たちというのは中々目が覚まさせにくいんじゃないかなという心配はありますね。

KILIAN: なるほど。2000年から2005年までご自分のCDを出されなかった、かなり長いブランクがありますが、その間は何をなさっていましたか。

K. JUNO: あまりブランクだと思っていないんですけど。ミュージカルの歌の指導をしたり、年に一二回他のミュージシャンと共作発表していたりとか、後、あるバンドのまだ発表されていないアルバムに参加したり、何てことはしていましたね。

KILIAN: それで近いうちにまた新作のCD期待はできますか。

K. JUNO: 作りたいですね。まだ具体的な計画とか方向性というものはないんですけど。ま、色々やりたい事はあるんで、取りかかるとすれば来年以降の話になりますけど。もしかしたら、他のミュージシャンとの共作は先になるかもしれないですね。

KILIAN: iTunes Music StoreにもK. JUNOさんの曲が購入できますが、普段はそちらの音楽にはDRM(Digital Rights/Restrictions Management)がかかっています。DRMに関してご意見を聞かせていただけますか。

K. JUNO: ん~。ミュージシャンの立場としては別にどうでもいいかな(笑)っていう感じなんですよね。そいう著作権管理っていうものに関しては本当の作者自身であるとか、作品そのものを置き去りに論じられているような気がするんですけども、契約上権利を持っているレーベルであったり、また権利に全く関係のない著作権管理団体ですね委託されてお金を徴収して手数料をとっているという団体の利益しかないという感じを私は受けているんですけども。

それは本当にビジネス的な問題であって、作者としては広く聞いてもらいたいという気持ちもありますけれども、決してそれはただで配りたいという意味ではないと思うんですね。もちろん中世のように芸術家を保護するパトロンというのがいるんだったら話は別なんですけども、音楽という生産物というものがなぜお金を払う必要があるかどうかという議論の対象になるのかというのは、若干理解に苦しむ現象ではありますね。

もし本当に自分の音楽をフリーで使って欲しい、全部フリーで使ってくただいという人がいるとしたら、その人は音楽を仕事としてやる意思はないという話であって、芸術に対する考え方ではなくて、ただのライフスタイルの違いですよね。ま、本当に趣味的な感覚としてはどんどん使ってもらうのは嬉しいことで、まああまり大きな声ではいうっちゃいけないかもしれないですけど、欲しがられないと始まらないなって思うんで、滞貨が支払われているかどうかに関わらず、あっちこっちで聴かれるっていうのは正直嬉しいことなんですけども。ま、この辺はどうするのがいいかという結論はないかもしれないですね。このデジタルデータのコピーマネージメントは、現在ではCD、MD何かにも掛けられている訳ですけども、実際には録音危機に掛けられている訳ですけど、そういう機材の登場した当初というのはコピーマネージメントという概念はなくて、付いていなかった訳ですね。で、現在はそれがことさら問題視されるといのはデジタルデータはその質を落とさない状態で大量に短時間で配布できるようになったし、実際そいうことが行われているということがあると思うんんですけども。ま、究極的には皆が正直だったらいらないものですよね。実際に違法ではないコピーをしようとしているのにガードがかかったりとか、違法なコピー何かしないのに、デジタル機器を買う時に保証金が上乗せされていたりという場面では非常に頭にきますよね。

で、MP3っていうのは音が良くないので、ラジオのオンエアとかテレビでまただだと思って、聴いている音楽と同じような使いであってもいいかもしれないですけども。本当にCD音質で曲がやりとりされてしまうと実際にCDが売れなくなる訳ですよ。今ビジネスとしてそういうCDを売るのは古いとビジネスの形として批判する人はいるんですけれども、アルバムっていうのは、アーティストが本当に伝えたいことというのをこうぎゅっと詰めたもんじゃないかと思うんですね。

なので、本当に聴きたい曲だけを曲単位でCD音質で買えばいいんだ、ネットからダウンロードその都度すればいいんだということになるとキャッチな部分だけになってしまうんですね。本当に商業の部分だけになってしまってアートという部分がどんどんどんどん失われて行くんじゃないかなという風に思いますね。アーティスト側もそういうアプローチをしなくなって来るかもしれないし、聞く側も音の表面しか聴かなくなるどんどんどんどん薄っぺらい、奥行きのない一目で分かるものだけの世界に実際そういう風に今なって来ていると思いますね。何か主題がちょっとずれましたけど…

KILIAN: Podsafe Music Network ( music.podshow.com )にもK. JUNOさんの曲が載っています。実はそれでK. JUNOさんの音楽と初めて出会いました。Podsafe Music Networkやポッドキャストの事をどうやって知りましたか。

K. JUNO: ん~。たまたま何か見つけたっていう感じですね。私は1997年の2月から自分でホームページを公開していて、音もそこで鳴らしているんですけども。当時音のなるホームページというのはほとんどなくて、海外では皆無に等しかったと思うんですね。MP3というものもまだなくて、RealAudioだったんですけども、何かあまりにも早くやり過ぎたというのか、皆がやり始める頃にはもう飽きていたという感じなんで、何か知らない内に流行っちゃってっていう状態なんで、久しぶりに長~いことを放ったらかしにしてたのを整理しておこうかなと思った時にたまたま見つけたですね。

KILIAN: この間改めてK. JUNOさんの曲をPMNで見たら、いくつかの曲の日本語版もアップされていました。なかではWEB限定の日本語版もありましたね。やはり今後は日本語の曲増やしていく予定ですか。

K. JUNO: うん~ 予定という程予定ではないですけど、日本語の音というのは必要であれば、自然に日本語で出すでしょうし、日本語になるものもあるしならないものもあるので、今年の春に今まで英語の曲を何曲か日本語で発表したんですけれどもその反応を見る限りでは別に日本国内において、日本語であるかどうかというのはあまり関係ないのかなという感じは受けているんで、その都度だいたいやっぱり英語の曲を先に作っちゃうんで、日本語にしたいなと思えば日本語にするでしょうし、もしかしたら日本語で出てくる曲もあるかもしれないですけども、日本語の音が欲しいなという時には日本語で作るかもしれないですね。

Deutsche Übersetzung

K. JUNO: Lieber Kilian, liebe Zuhörer, Hallo, ich bin Juno.

KILIAN: Hallo.

K. JUNO: Danke dass ich heute hier sein darf.

KILIAN: Ich danke ebenfalls.

K. JUNO: Hmm, ich glaube ich werde – ganz anders als beim Singen – einfach mal meine Antworten ganz trocken und ohne Leidenschaft vortragen. Ich hoffe das geht in Ordnung.

KILIAN: Nur zu. Dann lege ich gleich mit den Fragen los.

Ich werde zuerst ein wenig die Vergangenheit aufwühlen. Juno, Du hast während deiner Uni-Zeit eine eigene Band gehabt, und hast dich plötzlich entschieden die Musik aufzugeben. Mehr noch, du wolltest Stunt-Frau werden, steht auf deiner Website, darf man fragen wie Du dazu gekommen bist?

K. JUNO: Weshalb ich mit der Musik aufgehört hatte… Ich hatte das Gefühl, an die Grenze zu stoßen. Ich fing an als Teenie zu singen, dann habe ich im Selbststudium Gitarre gelernt und mich dem Rock gewidmet. Allerdings habe ich damals immer nur andere imitiert. Und dann habe ich einfach keinen Sinn mehr darin gesehen, Lieder anderer Leute so zu singen, wie sie es tun, und dafür Lob zu erhalten. Und weil ich damit auch kein Fortschritt mehr für mich drin war, habe ich es aufgegeben.

Denn trotz alledem war ich noch nicht in der Lage, etwas wirklich eigenes, originelles zu schaffen. Und gerade zu dieser Zeit fand ich an Stunts Interesse. Es gibt in Japan eine Berufsbezeichnung, die sich “Action” nennt. Das ist so etwas wie ein Stuntman, oder Schaukämpfer für Bühnen. Ich war sehr beweglich, auch hatte ich Erfahrung mit Schauspielen, und dann habe ich mir mal so ganz einfach gedacht, das könne ich dann wohl auch. Als ich mich dann wirklich darauf eingelassen hatte, kam erst einmal das harte Erwachen: alle um mich herum waren Athleten und Sportler, und ich war ja nicht gerade erfahren in Sachen Sport. Aber dieser negative Anfang hat in mir auch den Kampfgeist geweckt und ich dachte mir “So, Euch zeig ichs! Ich werde hier Nummer Eins!”. Also an Motivation hat es mir nicht gemangelt.

Allerdings hat es ein ganzes Jahr lang gedauert, bis ich überhaupt soweit war, auf der Bühne aufzutreten. Was ich in dieser Zeit, glaube ich, gelernt habe war vor allem, wie man als Profi den Erwartungen entsprechen kann, und ich habe gelernt, wie man seinen Partnern volles Vertrauen entgegenbringt; denn wenn man in diesem Beruf nur eine Sekunde nicht aufpasst, dann gibt es gleich Verletzungen.

Wenn ich mal etwas anpacke, dann grabe ich mich völlig darin ein. Und es war auch ein Job, den man nur machen kann, wenn man sich voll reinhängt, darum habe ich während der fünfeinhalb Jahre, in denen ich Stunt-Frau war wirklich überhaupt keine Musik gemacht. Ich habe sogar fast gar keine Musik gehört in der Zeit.

KILIAN: Und was hat Dich dann bewogen, wieder Musik zu machen, was war der Anlass?

K. JUNO: Nun ich hatte das Gefühl, dass ich im “Action” Genre das erreicht hatte, was für mich zu erreichen war.

Mein Körper verlangt zwar nicht nach großer Veränderung oder großem Abenteuer, trotzdem möchte ich hin und wieder etwas Neues ausprobieren, und mich verändern. Und ich hatte so ein Gefühl, dass wenn ich länger als fünf Jahre lang immer dasselbe mache, dass ich mich zu sehr “zur Ruhe setze” damit. Ich hatte den Drang, jetzt doch mal woanders hinzugehen, etwas Neues zu beginnen.

Und einer der Gründe, warum ich die Musik aufgab war, weil ich selbst einfach keine Stücke schreiben konnte. Als ich mich dann allerdings umsah, hatten alle anderen auch ihre eigenen Songs geschrieben. Und verglichen damit hatte ich das Gefühl, dass ich auch nicht so viel schlechter sei und bekam etwas Mut, dass ich doch auch eigene Stücke schreiben könnte – das würde schon werden. Schließlich hatte ich schon einige andere Hindernisse überwunden und außerdem ist jeder zu Beginn ein Anfänger, wenn ich es also schaffte die anfängliche Selbstunzufriedenheit zu überwinden, dann müsste ich doch etwas auf die Reihe kriegen. So habe ich also einfach mal auf gut Glück ein Stück geschrieben, und es ließ sich gar nicht einmal so schlecht an, und der Rest hat sich dann einfach ergeben.

Wenn ich mir jetzt überlege, warum ich früher keine eigenen Stücke geschrieben habe, dann denke ich einfach, dass ich selbst nicht so weit war. Es war die Zeit für mich, mein technisches Können und Wissen zu entwickeln und anzusammeln. Ich hatte dann zwar das “Werkzeug”, aber mir fehlte einfach das Material zum Stückeschreiben. Ich wollte damals einfach nur Musik auf der Basis von Musik und nichts sonst machen – also leere Musik. So wie wenn man zwar Worte sprechen kann, aber keinen Inhalt hat um Sätze zu Sprechen. Und später hat sich einfach so vieles, was ich sagen möchte bei mir angesammelt, dass es auf einmal aus mir heraussprudelte.

KILIAN: Ich habe den Eindruck, dir liegt die Japanische Kultur doch sehr am Herzen. So sagst du auch, dass in der Gegenwart, der Geist Japans völlig verloren zu gehen scheint in deinem Blog. Auch Amerika gegenüber äußerst du dich sehr kritisch (was ich verstehen kann). Wenn ich mir diese Seite von dir anschaue, kommt es mir etwas verwunderlich vor, dass du bisher nur auf Englisch gesungen hast. Ich habe das Gefühl, dass Japanisch den Japanern viel unmittelbarer eingeht und verstanden wird, warum hast du dich entschieden ausgerechnet nur auf Englisch zu singen?

K. JUNO: Ich wollte Rock-Musik machen, und für mich war Rock einfach von Anfang an prinzipiell Englisch. Nicht Japanisch, nicht Deutsch auch nicht Spanisch, für mich kam als einzige Auswahl nur Englisch in Frage. Auch bis heute ist Rock auf Japanisch etwas, was nicht natürlich aus mir herauskommt. Ich kann das nicht so recht als Rock empfinden. Also auf Japanisch Rock singen ist für mich eher eine Herausforderung künstlerischer Art.

Ich möchte ja auch nicht einfach nur Englische Rockstücke auf Japanisch übersetzen, das würde der Sprache nicht entsprechen.

Hier mal ein Beispiel: wenn ich traditionelle Volksmusik machen würde, dann wäre es keine Frage, das in der jeweiligen Landessprache zu tun. Und so geht es mir halt mit Rock. Es gibt schon Japaner, die sagen: “wenns nicht auf Japanisch ist, dann hör ich mir es nicht an”, oder “es kommt einfach nicht rüber”, aber solche Hörer scheinen ja gar nicht die Musik selbst hören zu wollen habe ich das Gefühl.

Extrem ausgedrückt, es gibt auch eine native Sprache der Violine, der Flöte deren Atmungsrhythmus etc. Und wenn man nicht bereit ist, diese “Sprache” zu finden, zu hören, dann ist es auch egal, ob es sich dabei um die eigene Landessprache handelt, dann kann man das nicht wirklich tiefgehend als Musik empfinden.

KILIAN: Zum Thema Ausland, jetzt muss ich leider wieder Gerüchte zitieren, aber ich habe in der Englischen Wikipedia gelesen, dass du recht flüssig Chinesisch sprichst. Stimmt das?

K. JUNO: Flüssig wohl weniger, aber ich denke ich bin Klängen gegenüber sensibilisiert, und dann klingt das vielleicht ganz authentisch. Japaner stellen oft einen Satz, den es zu sprechen gilt erst im Kopf komplett fertig – ich übrigens auch – und wenn man dann so ein Konstrukt schön und richtig ausspricht, dann könnte man den Eindruck erwecken, man sei völlig eloquent in der Sprache. Und dann wird einem plötzlich in Hochgeschwindigkeit von einem Muttersprachler geantwortet und versteht natürlich kein Wort. Das ist mir jedenfalls oft passiert (lacht).

KILIAN: Und was hat dich zum Chinesisch lernen gebracht?

K. JUNO: Der eigentliche Anlass, war mein Stunt-Frau-Job. Ich wollte damals nach Hong Kong. Da war es noch eine Kronkolonie von Großbritannien. Das Japanische “Action” Genre basiert natürlich auf Karate, der traditionellen japanischen Selbstverteidigung, aber wenn ich meiner “Action” Performance nicht eine besondere Note gebe, hatte ich das Gefühl, ich könnte nicht mithalten mit den Anderen.

Ich bin ziemlich beweglich und habe vor allem meine Füsse trainiert, habe vor allem Tae Kwon Do (viele Fusstechniken Anm. v. Kilian) aus Korea studiert, dann habe ich aber auch viele Hong Kong Actionfilme studiert und einfach alles aufgesogen, auch die Kampfchoreographie alles. Und dann habe ich irgendwann einmal unbedingt dort leben und arbeiten wollen. Das war der Anlass, dann habe ich ein Jahr lang die Sprache gelernt und bin hingeflogen.

KILIAN: Gibt es Pläne auch einmal etwas auf Chinesisch zu singen?

K. JUNO: Lust hätte ich schon rein gefühlsmäßig, aber ich bin nicht wirklich soweit, diese Vision wirklich auszumalen und soweit, Chinesisch mit meiner Musik zu vereinen.

KILIAN: Deine Power kommt nicht nur in der Musik rüber, sondern auch in deinem Blog. Ich finde deinen Sarkastischen Stil echt gut, aber sag mal, regst du dich leicht auf?

K. JUNO: Ob ich mich leicht aufrege? Ich bin ständig geladen (lacht). Darum werde ich mich auch nicht noch mehr aufregen. Mir wurde oft gesagt “du bist die Ruhe selbst”, “du streitest dich nie”. Nun ja ich explodiere nicht so leicht nach außen. Allerdings wenn es dann wirklich mal nötig wird, sich aufzuregen, dann gibt es einen Riesenstress. Wenn man ernsthaft lebt, dann staut sich ganz natürlich Stress an, man hat Zweifel und so weiter, aber wenn ich der Typ wäre, der das immer gleich herauslässt, dann würde ich wahrscheinlich gar keine Lieder singen und auch keine Musik machen. Ich denke, dass es den meisten schöpferischen Leuten wohl ähnlich geht, dass sie solche Sachen in sich “hineinfressen” um dann irgendwann Dampf abzulassen. Ich spare mir das alles auf und verschwende es nicht gleich.

KILIAN: Mir fällt ein Eintrag aus deinem Blog ein, wo du dich über das Programm “Trivia no Izumi” des Senders Fuji TV ausgelassen hast und meinst: “Das, was das Fernsehen verzapft erzieht/prägt die Zuschauer”, derselben Meinung bin ich auch. Jetzt gibt es aber auch immer mehr Leute, die überhaupt kein Fernsehen mehr schauen. Stattdessen holen die sich ihre Informationen aus dem Internet, wie z.B. YouTube. Für manche Leute ist diese Demokratisierung der Medienlandschaft eine Revolution die die Medien endlich befreit.

Allerdings hat das Wort Demokratie auch oft den Beigeschmack der “Masse”, und ich habe das Gefühl, dass dadurch die Qualität der Medienlandschaft noch eher heruntergezogen wird. Speziell die Privaten Sender nicht nur in Japan zielen doch bloss auf Einschaltquoten ab, und dafür haben sie ihr Niveau ja auch schon weit unter das der öffentlich rechtlichen Sender gesenkt.

Ist die Demokratisierung der Medien durch Web 2.0 und das Internet im allgemeinen für dich eher ein Segen oder ein Fluch?

K. JUNO: Hihi. Hmm. Ich würde sagen “ein Fluch”. Auf ein Wort, der “Pöbel”, oder will man es “Mobokratie” nennen? Es gibt eine (japanische) Redensart, die sagt “wenn sich mehr als drei Leute zusammenrotten, kommt nichts rechtes dabei heraus”. Wenn man einer Masse von Meinungen, die weder unbedingt professionell noch unbedingt vernünftig sind, allen gleiches Gewicht geben will, dann bleibt die Frage, wie viel der Meinungen wirklich besonnen sind und von Verständnis geprägt. Wenn ich mir das vorstelle, sehe ich nur noch schwarz. In der Hinsicht läuft man in der Demokratie immer Gefahr, dass man der Gleichheit halber, allem denselben Wert aufdrücken will, umso mehr muss man bei der Auswahl einer Leitperson dann sehr vorsichtig sein.

Das Web kann nicht die Gedanken und Wünsche aller vereinigen. Wie Information dort empfangen, wie bzw. ob auf Korrektheit geprüft wird bleibt dem Einzelnen überlassen, der das nicht kann und alles unreflektiert für Bare münze nimmt. Und da habe ich halt meine Bedenken, dass so etwas leicht dazu führen kann, dass vieles immer mehr verzerrt wird.

Und in einem Zustand wo es Firmen und Medien gibt, die das auszunützen wissen, fragt man sich, ob es überhaupt echte Demokratie geben kann. Das Endziel ist ein Sumpf, der einzige Unterschied, den es dabei gibt ist, ob man sich von einer Minderheit von Führern dorthin leiten lässt, zwangsweise hineingestoßen wird, oder vielleicht sogar aus eigenem Willen hineinspringt – so scheint es mir. Jedenfalls kann man Leuten, die völlig von einer Idee eingenommen drauflos rennen, nur sehr schwer die Augen öffnen, fürchte ich.

KILIAN: Interessant. Du hast von 2000 bis 2005 keine eigene CD herausgebracht. Das ist ja eine ziemlich große Lücke, was hast du während dieser Zeit so gemacht?

K. JUNO: Ich halte es eigentlich nicht für eine Lücke. Ich habe in der Zeit als Gesangsleiterin für Musicals gearbeitet und zweimal pro Jahr in Zusammenarbeit mit anderen Musikern Werke veröffentlicht. Ich war auch beteiligt an einem Album einer Band, das noch nicht veröffentlich ist und so weiter.

KILIAN: Können wir in naher Zukunft wieder eine CD erwarten?

K. JUNO: Ich würde schon gerne wieder eine aufnehmen. Allerdings gibt es noch keine konkreten Pläne. Auch gibt es noch andere Dinge, die ich tun will, also wenn überhaupt dann frühestens nächstes Jahr. Vielleicht mache ich vorher wieder etwas in Zusammenarbeit mit anderen Musikern.

KILIAN: Deine Musik kann man auch im iTunes Music Store kaufen. Digital angebotene Musik wird allerdings oft mit DRM “geschützt”. Was hältst Du davon?

K. JUNO: Vom Standpunkt des Musikers ist mir das eigentlich ziemlich einerlei (lacht). Rechteverwaltung dieser Art ist Schlussendlich reine Geldmacherei des Labels, die nach Vertrag ja auch Rechteinhaber sind und der Rechteverwalter, die eben Geld ansammeln und sich ihre Provisionen einstreichen.

Für mich ist das ein rein geschäftliches Problem, natürlich will ich als Urheberin, dass meine Musik so viel wie möglich gehört wird, aber deswegen will ich die Musik bestimmt nicht gratis verteilen. Wenn es noch immer Mäzene gäbe, wie im Mittelalter, die einen Künstler unterhalten, dann wäre das eine ganz andere Geschichte, ich kann einfach nicht so recht verstehen, warum gerade das Produkt “Musik” zum Gegenstand einer Diskussion wird, wo es darum geht, ob man dafür überhaupt Geld zahlen sollte oder nicht.

Wenn da also jemand ist, der seine Musik gratis verteilt und diese völlig frei zur Verfügung stellt, dann ist dies die Einstellung einer Person, die Musik nicht wirklich als Beruf ausübt, dann läuft das auf einen anderen Lebensstil heraus und es geht gar nicht mehr darum, wie man über Kunst denkt. In Sinne eines Hobbys mag man sich schon freuen, wenn die eigene Musik hier und dort benutzt wird. Außerdem, das darf ich aber nicht so laut sagen, wenn kein Bedarf für die Musik besteht, dann geht gar nichts, also auch unabhängig davon, ob jetzt Geld dafür bezahlt wird, oder nicht, man freut sich natürlich schon, wenn die eigene Musik viel gehört wird.

Na ja, auf dieses Problem gibt es auch nicht DIE Antwort, denke ich. Auch dieser Kopierschutz, der mittlerweile ja auch für MDs und CDs verwendet wird, war ja anfangs bei diesen Medien nicht existent. Und dann hat man halt gemerkt, dass man digitale Daten ohne Verlust sehr schnell vervielfältigen kann, und daraus ein Problem gemacht, und nun gibt es halt Kopierschutz. Schlussendlich bräuchte man nichts davon, wenn alle wirklich ehrlich wären. Und nun haben wir Kopierschutz auf Daten, die man sogar legal kopieren möchte, oder man zahlt für Geräte die man kauft, und mit denen man überhaupt keine illegalen Kopien machen möchte im Prinzip extra, als “Versicherung” (der Rechteverwerter, Anm. d. Übers.), das stinkt mir schon gewaltig.

Die Klangqualität von MP3 Dateien ist ja nicht gut, und da könnte man vielleicht sogar im Prinzip – wie bei Musik im Fernsehen oder Radio – auch davon ausgehen, dass das “gratis” ist und auf die gleiche Weise damit umgehen. Wenn aber Musik in CD-Qualität verteilt wird, dann gehen Verkaufszahlen für CDs nun einmal zurück.

Es gibt auch Leute, die kritisieren die MI mit dem Argument, CDs verkaufen sei ein veraltetes Businessmodell. Ein Album ist aber etwas, wo der Künstler das, was er wirklich rüberbringen möchte mit Hingabe in dieses Format gepackt hat. Und ich finde, wenn die Leute nun nur die Stücke einzeln in CD-Qualität kaufen, die sie von vornherein hören möchten, und on-demand aus dem Netz ziehen, dann bleiben doch nur die populären Stücke und der reine Kommerz, und der künstlerische Aspekt geht immer mehr verloren. Vielleicht werden die Künstler selbst dann auch immer weniger Kunst machen, wenn die Hörer nur noch Musik oberflächlich hören, dann bewegen wir uns auf eine Welt zu, substanzlos mit wenig Tiefgang, wo man alles auf einen Blick schon erfassen kann, eigentlich sind wir schon dort angelangt. Und jetzt bin ich etwas vom Thema abgekommen.

KILIAN: Du hast deine Musik auf dem Podsafe Music Network hochgeladen (music.podshow.com). Ich habe dort übrigens übrigens deine Musik zuerst entdeckt. Woher wusstest du vom Podsafe Music Network und vom Podcasting?

K. JUNO: Das war mehr so, dass ich das einfach zufällig entdeckt habe. Seit Februar 1997 habe ich meine eigene Homepage, auf der man auch Musik anhören kann. Damals gab es noch so gut wie keine Homepages die das taten, selbst außerhalb von Japan. Damals gab es auch noch kein MP3, sondern RealAudio, und irgendwie kommt es mir vor, als wäre ich viel zu früh dran gewesen damit, denn als alle anderen damit anfingen, fand ich es schon langweilig, dann war das plötzlich ganz “in”, und als ich nach langer Zeit mal wieder meine Homepage etwas in Ordnung bringen wollte, habe ich das halt ganz zufällig entdeckt.

KILIAN: Als ich letztens noch einmal nach Stücken von JUNO im Podsafe Music Network nachschaute, gab es dort auch ein paar Web-Only Titel auf Japanisch von dir. Gibt es in Zukunft doch Pläne für mehr japanische Stücke?

K. JUNO: Ja, also nicht unbedingt Pläne, aber wenn ich das Gefühl habe, hier brauche ich jetzt Japanische Klänge, dann kommt halt natürlich etwas auf Japanisch heraus, es gibt Stücke die gehen auf Japanisch und andere bei denen geht das nicht.

Diesen Frühling habe ich ein paar Stücke, die ursprünglich auf Englisch waren auf Japanisch veröffentlicht, wenn ich jetzt mal die Reaktion betrachte, dann scheint es innerhalb von Japan keine Rolle zu spielen, ob die Stücke auf Japanisch sind. Außerdem schreibe ich meistens die Stücke erst auf Englisch, wenn ich dann Lust habe das auf Japanisch zu machen, dann tu ichs, und dann gibt es vielleicht auch Stücke, die gleich von Anfang an auf Japanisch entstehen, wenn ich einfach klanglich in dem Moment Japanisch haben möchte.

11 Comments

  1. ケビン · October 26, 2009 Reply

    geiloooo thx !

  2. Tim · October 26, 2009 Reply

    Danke das es wieder eine neue Folge gibt. Aber ich warte wohl lieber bis ich sie auch verstehen kann. Aber ich will mich nicht beschweren, ist ja schließlich nicht mein Podcast. Freu mich auf neue Folgen :)

  3. cYcLoNe · October 26, 2009 Reply

    Ein neuer (aber dennoch eigentlich alter) Podcast! Das ich das noch erleben darf ^^. Danke Kilian für das gute Stück. Da ich des Japanischen nicht wirklich mächtig bin, höre ich mir nur die Musik an, aber man kann ja später das Skript durchschauen. Vielen Dank und freu mich schon auf Nummer 55 ;-).

  4. Anonymous · October 26, 2009 Reply

    Oh mein Gott :O
    Ich habe, seitdem keine neuen Podcasts von dir erschienen sind, fast jeden Tag deine Seite besucht und auf ein neues Lebenszeichen gehofft. Endlich neue Folgen ^_^
    Vielen Dank !
    (bin mal Podkost hören :] )

  5. Tim · October 27, 2009 Reply

    @Kilian, das liegt daran das wir treue Fans sind und wir sind ja alle hier weil wir japanisch mögen und nicht Alemannisch ;)

  6. Steve · October 27, 2009 Reply

    Ich kann mit dieser Folge noch nicht soviel anfangen,
    danke deshalb für die übersetzung. Die Musik ist wirklich super. Grüße.

  7. kevin, augsburg · October 31, 2009 Reply

    Ich find die Folge super! Kann man üben und endlich hört man dich auch mal in ganzen Sätzen sprechen. ^^! eine kulinarische Köstlichkeit ;D

  8. Dave · November 16, 2009 Reply

    Jeee was neues! Cool von dir zu hören!

  9. Max Mustermann · December 16, 2009 Reply

    Buhu ich versteh kein Wort…*schnief*. Naja ich freu mich schon auf die mögliche Übersetzung und/oder neue Folgen.

    Du könntest ja den Hörern die Möglichkeit geben, etwas zu spenden, auch wenn das vielleicht komplett gegen deine moralischen Normen etc verstößt. Kann ja passieren, dass du plötzlich nur noch einen Teilzeitjob hast und einmal wöchentlich eine neue Folge produzieren kannst XD.

    Shen dan kueile

  10. Kilian · October 26, 2009 Reply

    Noch kaum Beschwerden, weil alles auf Japanisch ist, eigentlich lustig, bei der Ausgabe auf Alemannisch haben sich mehr Leute aufgeregt, wegen der Unverständlichkeit…

    Nun ja das ist halt eine Ausnahme-Folge für die Hardcore Japaner unter uns, die auch mal was lernen wollen. Eine Transskription ist ja auch dabei.

    Ehrlich gesagt ist JUNO ein gutes Beispiel für die ellenlangen niemals enden wollenden Schlangensätze, die manche Japaner so von sich lassen, wo man auch nie weiß worauf der Sprecher hinaus will, bis man ganz am Ende des Satzes angelangt ist… Gute Übung für Japanisch-Lernende, die eine härtere Nuss zum Knacken brauchen.

  11. Kilian · October 31, 2009 Reply

    Aber ehrlich gesagt, bin ich furchtbar schlecht im Japanisch-Ablesen, das klingt völlig gestelzt und unnatürlich, weil ich die Fragen vom Blatt gelesen habe, ist mir eigentlich eher peinlich.

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